宮崎監督からルパン・ファンへの熱いラブレター
●ルパン三世の二重性
自由気まま、快活、女好き、おっちょこちょい、天才的泥棒、ルパン三世はあらゆる束縛から解放された人物です。
しかし、その軽薄さはしたたかさを包んでおり、一見の行きあたりばったりは、実は強烈な集中力のみせかけなのです。その快活さは、過去に多くの悲惨と屈折をへて来た者の明るさだし、女たらしは実にルパンの唯一のやさしさの表現だったりする。
ルパンはいつも二重性を持っています。すべったり、ころんだり、バカさわぎをやって笑わせてくれるルパンは、彼の光の部分、むしろ機能といっていいのですが、その側面しか見ないとしたら、ルパンは誇大妄想狂の精神病者にすぎません。光を支えている影ともいうべきルパンの真情がかい間見えたとき、ルパンは初めて魅力ある人物として理解できます。
●行動のエネルギー −−−怒り
ルパンはつねにかりたてられています。その行動への根源、エネルギーは何なのでしょうか?金とか宝石、女でしょうか・・・。多分、それらは見せかけの目的です。
まんまと盗みとったときの快感に麻薬のように取り憑かれたのか、傲慢で強力な敵の虚妄をひっぺがしたい衝動にかられるのか・・・。多分、彼の心の底には、人間を窒息させる社会のカラクリへの怒りがうずまいているのでしょう。
けれどもルパンは、それらの大義名分や目的からさえ自由なのです。そのために生きているわけではありません。
●自由への渇望
ルパンは、はみ出してしまった者なのです。自由の代償に安らぎと憩いを捨て、自分の足下に、絶望と孤独の深遠が口をあけているのを、充分知った男なのです。心の空虚を埋めようと、ルパンは行動にかりたてられます。自分の存在を意味するものにしてくれる闘い。その闘いに自分を導いてくれる人との出会いを、ルパンは渇望しているのです。
うす汚れた自分、腰をすえ生活している者にくらべ、はるかに薄っぺらな自分を浄化し、たとえ一瞬であっても、心を開いてくれる人のためなら、ルパンは一国家の全機構とすら闘う男なのです。
この映画で、ルパンはひとりの少女のために全力で闘います。けれども、ひとりの少女の重ささえ背負いきれないダメな自分を知っています。心だけ盗って、そのくせ未練は山ほどかかえこんで、しかしそれを皮肉なひょうきんにかくして去っていく。去っていかざるを得ない男−−−それがルパン三世です。
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