はじめに

はじめに


エヴァンゲリオンという名前は、そもそもギリシャ語の聖書の名前であり、福音、つまり「喜ばしい知らせ」という意味です。聞いたヒトが、そのメッセージ(キリストによる原罪からの解放)によって幸せになれるという意味が込められています。


しかしながら、エヴァンゲリオンという作品は、結局、何を言いたかったのでしょうか。主人公は、何度も成長しかかっては、後戻りします。各登場人物の目指していることもバラバラであり、何の為に何を目指しているのかが、明確には見えてきません。同じような演出やシーンが幾度となく繰り返されます。聞きなれない、衒学趣味的な単語だけが増えていきます。


評論家の書いたものを読んでも、エヴァという作品が、全体としてどんなメッセージを送ろうとしていたのかという点になると、あまりパッとした解釈はないようです。

例えば、
東浩紀「人々が、あれほどまでに入れ込むエヴァの作品世界は、結局庵野自身により放擲された。〜行き届いた市場調査、それに答える過去の作品の巧みなコラージュ、多少のアイロニー。それゆえ95年10月から96年3月にいたるエヴァのTV放映は、その80年代的ポストモダニストが自分自身の集大成を試み、結果として自身の方法論を放擲せざるをえない地点にまで追い込まれた、そういう総括のドラマとして理解できるだろう。」

黒田一郎「おそらくは、単に物語りの謎を深めるためのガジェットとして使われているのだろうが、エヴァに登場する宗教的な用語や象徴は、カバラにしても死海文書にしても、まともに研究すると軽く一生はつぶれるという奥の深い代物である。こうした「背後に 膨大な情報量を持つ語句」をストーリー中に適当に配しておけば、あとは目の肥えた神秘学オタクやオカルティストたちほど、それらの語句に過剰に反応して騒いでくれるだろうというのが、製作者側の思惑なのかもしれない。〜このアニメには、観客の心の成長を促しそうな情報をガジェットとして数多くちりばめ、更に最終回近くまで多くの魅力的な謎でファンを魅了させ、盛り上げるだけ盛り上げておいて最後にすべてを未解決のままにして終わるという斬新な手法で、通常の結末を期待したオタクたちを思い切り失望させて、そのショックで現実に引き戻そうという監督の意図が盛り込まれていたのです。」

佐藤健志「全体的には、エヴァは作品のとしての完成度があまりに低い。物語は全然収拾つかないまま終わるし、作画も最初の数話こそレベルが高かったものの、15話あたりから急速に粗雑になり、最後の2話に至っては目もあてられない始末だった。〜おそらく彼にとっても、エヴァはまずもってシンジの内面を描くための作品であり、SFとしての物語を緻密に展開したり、人間ドラマを充実させたりすることは二の次だったのだろう。最後の2話がひたすらシンジの内面世界を描き、物語を締めくくることより、シンジの心に癒しを与えることを優先させたのも、こう考えれば理解できるのである。」(以上、スタジオボイスの特集号より抜粋。)

竹熊健太郎「そもそも彼らは「究極のコピーバンド」としてデビューしていた。では、コピーバンドがコピーに飽きたなら、何をやればいいのか。〜演奏の途中で力尽きたら、その姿をそのまま観客に見せつけてやればいい。自分たちのそのみっともない姿こそが、まぎれもないオリジナルなのだから」(スキゾ・エヴァンゲリオンより抜粋)

その他、細かくはあげませんが、
・ 引用やコラージュを優れたセンスで多用することこそ、エヴァンゲリオンスタイルである。
・ 成長物語たろうとして、失敗した物語
・ おたく受けする要素をいっぱいつめこんで、最後は崩壊していった
・ 話を面白くするために、実体のないマクガフィンを多用した作品


これらの論評に見られる共通する特徴は、
1. エヴァンゲリオンには一貫したメッセージや主張はない。基本的に過去の作品や宗教用語の引用/コラージュであり、そこにこそこの作品の特徴がある。

2.仮に、何か主張があったとしても、最後は(少なくともテレビ版は)崩壊/失敗していった。


確かに、作品トータルで考えると、最終的に何を視聴者に伝えようとしていたのか分かりづらいものがあります。

しかし、「残酷な天使のテーゼ」の中で「少年よ、神話になれ!」と歌われているのを聞いていると、そもそも普通の物語を解釈するやり方で、「この物語の趣旨は何か」と考える方に無理があった気がしてきます。

小説でも解釈するならばそのような方法で十分でしょうが、これは「神話」なのです。神話には、神話にこそ適した読解方法があるような気もします。

そういうわけで、ここでは、文化人類学者E・リーチの「神話としての創世記」などを参考に、あくまでも神話に即したやり方で、エヴァンゲリオンという、メッセージが何を言いたかったのかを考えていきます。

 


<方法論>
E・リーチの説明を簡単にまとめます。


・神話の反復作用
神話というものは、とても現実にはありえないような話がでてきます。しかも、何度も同じ話が繰り返されます。旧約聖書で言うと、第一章で神が人を作る話がでて、第2章でまた人類の創生(エデンの園)が語られ、洪水で人類は滅亡しかかって、またノアから話が始まり・・というようにです。
新約聖書でも、基本的に同じ話である四つの福音書がまず並びます。見方によっては同じ話が4回繰り返されるとも言えそうです.

・ 神話の2項対立
また、神話というのは、二つのものを対比させて世界を説明します。
はじめに神は「天と地」を作ります(創世記)。神は自分を「初めであり、終わりである」といいます(ヨハネの福音書)。キリストの磔刑の時は、両側に対立するように罪人が並びます。男と女、善と悪、神と悪魔、天と地獄…。神話は、二つの対立項によって世界観を作っていくのです。


このような、2項対立および反復という作用は、現代のコミュニケーション工学で扱われる情報理論と、似ているといえば似ています。メッセージの伝達に優れているのです。

例えば、コンピュータはビットという、2進法に基づいた情報伝達の単位を使用しています。2進法というのは0と1です。これは、なぜそうするのかというと、信号がわかりやすいため、ノイズに強いし、簡単な手段で伝えられるからです。例えば、誰かに合図を送りたいとき、手をたたくとしましょう。この時、手をたたく強さを4段階にわければ、4種類の合図が送れます。しかし、まわりがうるさかったりすると、今の音は2番目の強さの音なのか、3番目の強さの音なのか、聞いている方はわからなくなってしまいます。

それに対し、手をたたくか、たたかないかという2段階であれば、音がよく聞こえようがかすかに聞こえようが、ともかく聞こえれば合図だということがわかります。

アニメで言えば、ガンダムは「ジオン 対 連邦軍」という、2項対立を基本とする大変わかりやすい枠組みの中で物語が展開していたため、何話か見逃したところで(情報が欠如したところで)ストーリーを追うことは容易でしたが、3項以上の対立を基本としたZガンダム(地球連邦、ティターン、エゥーゴ、ハマーン、シロッコ)などは、そうはいかないでしょう。



さらに、情報理論では、反復という手段を用います。一度送っただけでは、情報が相手に正確に届いたかわかりません。本当は、相手から受信したという連絡がもらえればよいのですが、そうもいかないときには、何度も繰り返して送るしかないでしょう。

そして、同じ構造の話を反復することにより、一部でデータの欠損があっても、情報の伝わる可能性は大変高くなります。また、同じ構造を繰り返せば、誰でも、情報のポイントがどこにあるのかが認識できます。


つまり、2項対立と反復を特徴とする、神話という形式は、情報の伝達という点から見た場合、なかなか興味深い特徴を持っているのです。このような形式を持った情報を分析するさいには、それ相応の分析方法があります。

このへんの解釈に興味がある方はE・リーチの本を見ていただくとして、ここでは、エヴァンゲリオンにこのような方法を適用してみます。

まずは、エヴァを彩る2項対立の抽出を行い、次にどのように反復が行われているかを確認して、最後に、それらが伝えようとしているメッセージを読み解きます。

 


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