シンジがアスカの首を絞める必然性を理解するには、まず、シンジの内面を明確にする必要があります。
1.シンジの事情
シンジは、自分が親から捨てられたということがコンプレックスになっています。
16話
「父さん、僕はいらない子供なの?」
20話
「父さんは僕がいらないんだ。」
「父さんが僕を捨てたんだ」
そして、シンジは、自分が捨てられたのは、自分には価値がないからだという気持ちがあります。
1話
「父さんは僕がいらないんじゃなかったの」
「やっぱり僕は、いらない人間なんだ」
テレビ版26話
シンジ 「僕には、何もない。何もないんだ」
テロップ「生きる価値が」
シンジ 「僕にはない。」
テロップ「だから」
シンジ 「僕は僕が嫌いなんだ」
シンジ 「父さんに所へ行かないの?」
シンジ 「行きたくない」
レイ 「どうして?」
テロップ「恐いから」
シンジ 「嫌われるのが恐いから」
そのため、他人との関係においても、どこかに不安があり、周囲の評価(他人の中の自分のイメージ)に過敏になっています。
16話
シンジ 「誰」
シンジ2 「碇シンジ」
シンジ 「それは、僕だ。」
シンジ2「僕は、君だよ。人は自分の中にもう一人の自分をもっている。自分というのは常に、二人で出来ているものさ。」
シンジ 「二人?」
シンジ2「実際に見られる自分とそれを見つめている自分だよ。碇シンジという人物だって、何人もいるんだ。君の心の中にいるもう一人の碇シンジ。葛城ミサトの心の中にいる碇シンジ。ソウリュウアスカの中にいる碇シンジ。アヤナミレイの中にいる碇シンジ。碇ゲンドウの中の碇シンジ。みんなそれぞれ違ういかりシンジだけどどれも本物の、碇シンジさ。君はその他人の中の碇シンジが恐いんだ。他人に嫌われるのが恐いんだ。自分が傷つくのが恐いんだ。」
テレビ版26話
シンジ「ぼくを、捨てないで。お願いだから、僕を捨てないで。」
リツコ「人の言うことにはおとなしく素直に従う、それが、あの子の処世術じゃないの」
シンジ「そうだよ。そうしないとまた捨てられちゃうんだ」
自分が無価値に思えるシンジは、エヴァに乗ることで、かろうじて自信を保っているのです。
20話
「僕がエヴァのパイロットだから。」
「僕がエヴァに乗っているから大事にしてくれる。」
「それが、僕がここにいていい理由なんだ。」
「僕を支えている全てなんだ。」
「だから僕は、エヴァに乗らなきゃいけない。」
「みんなの言う通りにエヴァにのって、みんなの言う通りに勝たなきゃいけないんだ」
「そうしないと、誰も、誰も、誰も」
「誉めてくれるんだ。エヴァに乗ると誉めてくれるんだ。こんな僕を」
「みんなも乗れって言ってるんだ」
「父さんも、僕を捨てた父さんも、見返してやるんだ。」
テレビ版26話
シンジ「違う、僕に価値はない。誇れるものはない。」
アスカ「だからエヴァに乗っているんだ。」
シンジ「エヴァに乗ることで僕は、僕でいられる。」
ユイ「幸せではないのね」
シンジ「その前に、欲しいんだ。僕に価値が欲しいんだ。誰も僕を捨てない、大事にしてくれるだけの価値が欲しいんだ。」
ミサト「それはあなた自身で認めるしかないのよ。自分の価値を。」
テロップ「だから、エヴァに乗っている。」
シンジ「僕には価値がない。」
シンジにとって、世界で何よりも恐ろしいのは、他人にまた捨てられることなのです。
テレビ版25話
テロップ 「何が恐いのか」
シンジ 「自分が」
テロップ 「何が恐いのか」
シンジ 「嫌われること」
テロップ 「何が恐いのか」
シンジ 「誰に」
テロップ 「何が恐いのか」
シンジ 「誰だ」
テロップ 「何が恐いのか」
シンジ 「それは父さんだ。父さんに捨てられた。嫌われたんだ。嫌われたら、どうしよう」
シンジ「僕を、見捨てないで」
映画版26話
「このままじゃ怖いんだ。いつまた僕がいらなくなるのかもしれないんだ。」
「助けてよ。ねぇ。誰か僕を。お願いだから僕を助けて。」
「僕を見捨てないで。僕を殺さないで。」
だからこそ、自分を支えてくれると思ったヒトが、そうでないことがわかった時(捨てられるかもしれないと、怖くなった時)、それを裏切りと感じるのです。
16話
「悪いのは誰だ。」
「悪いのは父さんだ。僕を捨てた父さんだ。」
24話
「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったな!父さんと同じに、裏切ったんだ!」
しかし、これは、相手を憎んでいるのではなく、相手から捨てられるのが、ただただ怖いのです。カヲルがシトなら、自分は捨てられてしまうかもしれない・・
このような発想の帰結として、シンジはカヲルを殺したのです。
自分を、捨ててしまう可能性があるのなら、その前に消えてしまえ、と。
映画版26話
シンジ「みんな僕をいらないんだ。だから、みんな死んじゃえ。」
レイ 「では、その手は何の為にあるの」
シンジ「僕がいてもいなくても誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ。」
レイ 「では、その心は何の為にあるの?」
シンジ「むしろいない方がいいんだ。だから僕も死んじゃえ。」
レイ 「では、なぜここにいるの。」
シンジ「ここにいても、いいの?」
最後の言葉でわかるように、シンジは、みんなや自分が死んじゃえばいいと考えているのではなく、本当はみんなも自分もいて、肯定して欲しいのです。
だけど、自分が他人から肯定される自信がありません。そして、また捨てられる恐怖を味わうくらいであれば、いっそのこと相手が(そして自分も)消えてしまった方がいいのです。
この構造は場面を変えて何度と無く繰り返されます。
24話 カヲルの殺害
26話 インナースペースの中でのアスカへの首絞め
26話 デストルドーによる、人類のLCL化
26話 ゲンドウの首をエヴァが噛み切るシーン
<シンジはなぜ他人を殺そうとするのか>
なお、シンジはなぜ、ヒトに、自分を支えてもらえるという期待を裏切られたとき、相手を殺そうとするのでしょうか。
これは、シンジのコンプレックスの問題だと考えられます。そして、そのコンプレックスを刺激された時に限り、本人の意思ではどうにもならないような行動をとっさにとってしまうのです。
このコンプレックスの元は何か。言うまでも無く、父ゲンドウから捨てられた、裏切られたという気持ちです。
この、シンジにとっては悪夢のような幼児体験が尾を引いており、同じような環境が与えられると、なりふりかまわずその状況から逃げるために、普段なら絶対にしないような行動に出てしまうのです。
つまり、シンジが幾度か首を絞める背景にあり、相手を殺そうとする背景にあるのは、父ゲンドウから味わわされた、他人から捨てられるという恐怖だけは、もう2度と経験したくないということなのであり、カヲルやアスカにも、同じ気持ちがあるのです。
逆に、このことから、次のことが導かれます。
それは、シンジが本当に自分を支えて欲しかったのは、ゲンドウであり、カヲルであり、アスカであるということです。
以上が、ラストのシーンの意味を探る上で前提になる分析です。
2.アスカの事情
シンジの精神を批判的に捉えるならば、シンジにとっての他人とは、自分を支えてくれるべき道具みたいなものだという点でしょう。
本当に他人が必要なのではなく、自分が安心したいために他人が必要なのです。
アスカが治療室で眠っていた時もそうでした。
映画版25話
「ミサトさんも、綾波も怖いんだ。助けて、助けてよ、アスカ」
「ねぇ、起きてよ、ねぇ、目を覚ましてよう、アスカ、アスカ、アスカ」
「助けてよ、助けてよ、助けてよ」
このようなシンジの心を、アスカが、はっきりと指摘するのが、インナースペースでの次の会話です。
映画版26話
アスカ「あんた誰でもいいんでしょ。」
アスカ「ミサトもファーストも怖いから」
アスカ「お父さんもお母さんも怖いから」
シンジ「アスカ」
アスカ「私に逃げているだけじゃないの」
シンジ「アスカ助けてよ」
アスカ「それが一番楽で、傷つかないもの」
シンジ「ねぇ、僕を助けてよ」
アスカ「ホントに他人を好きになったことないのよ。」
アスカ「自分しかここにいないのよ。」
アスカ「その自分も好きだって感じたことないのよ。」
アスカ「哀れね」
シンジ「助けてよ。ねぇ、誰か僕を。お願いだから僕を助けて。」
シンジ「助けてよ。助けてよ。僕を助けてよ。一人にしないで。僕を見捨てないで。僕を殺さないで」
アスカ「イヤ」
アスカの首をしめるシンジ
さて、最後の最後になって、人類はアンチATフィールドにより、黒き月へ回帰してしまいました。
ここで、人々は、自分が消えていく瞬間にそれぞれに自分を失いやすい幻影をみている点に注意してください。つまり、心の境界が失われていくのです。
シンジの融合時に、多数の悪口が聞こえます。おそらく、これは、シンジの他者に対する恐怖からくる思いこみでしょう。
その後で、声がします。
「楽になりたいんでしょ。安らぎを得たいんでしょ。」
「私と一つになりたいんでしょ。身体を一つに重ねたいんでしょ。」
これが、融合をあらわしています。
ところが、ひとつだけ異質な声が混じります。
アスカ「でも、あなたとだけは、死んでもイヤ」
例え、全てが一つになっていても、アスカだけは融合を拒絶しているのです。
なお、このアスカのシンジへの完全な拒絶は、
アスカ「あんたが全部私のものにならないなら私何もいらない。」
という、アスカのシンジへの好意の裏返しであることに注意してください。
シンジは、誰でもいいからみんなで溶け合い、自分が自分でいるために誰でもいいから他人に支えて欲しいのに対し、アスカは、シンジを独占しようとし、みんなで融合するくらいならいっそのこと完全な拒絶を選んだのです。
このように、最初から最後までアスカは、自分を失うことを徹底的に拒絶しています。
これは自分のイメージを他者との融合に委ねないことであり、結果として、ユイの「自らの力で自分自身をイメージできれば、誰もがヒトの形に戻れるわ」
という言葉につながります。
愛情の裏返しで、一貫してシンジを拒絶しつづけたアスカだからこそ、自分のイメージを最後まで失わず、戻ることができたのでしょう(付け加えると、エヴァに乗ってたことも幸いしたのかもしれません)。
3.ONE MORE FINAL
<シンジはなぜまた他人を欲したのか>
シンジは、結局、他人が自分を支えてくれないから全ての死を望み、アンチATフィールドを引き起こします。
一方シンジは、自分が自分でいるために他人が必要なことを感じます。
テレビ版26話
「他のヒトがいるから、自分がいられるんじゃないのか。」
「一人はどこまでいっても一人じゃないか。」
「そう、僕は僕だ」
「ただ、他の人達が僕の心のかたちをつくっているのも確かなんだ」
映画版26話
「でも、逃げたことろにもいいことはなかった。だって僕がいないもの。誰もいないのと同じだもの」
シンジは、他人のいる世界を望みます。でも、これは、あくまでも自分を支えるために、他人の存在が必要であることに気づいただけであり、本当に、例えばアスカと会うことを願ったわけではないことに注意してください。
あくまでも、自分を支えてもらうために、誰でもいいから他人の存在が欲しくなっただけなのです。
<なぜアスカの首を絞めたのか>
「いつかは裏切られるんだ。ぼくを見捨てるんだ。でも、僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」
そしてシンジは、例え傷つくことはあっても、他人が自分を支えてくれてもいた、もとの世界を望みました。
しかし、気づいてみると、まるで人類が滅亡したかのような地球に、アスカと二人で寝ているだけでした。他にも人がいるのかどうかはわかりませんが、少なくとも見渡す限り、アスカと自分だけです。
さて、アスカはシンジにどのような態度をとることが予想されるでしょうか?
アスカは融合時に徹底的にシンジを拒絶したたった一人の人物です。アスカの徹底的な拒絶の裏には愛情があることにシンジは気づいていません。
映画版26話
アスカ「でも、あなたとだけは、死んでもイヤ」
アスカが治療室で眠っていた時、シンジは、助けを一方的に求めるだけで、アスカのことを思いやることができませんでした。
映画版25話
「僕にはヒトの為にできることなんて何にもないんだ。アスカにひどいことしたんだ。」
さらに、アスカが量産機に攻撃されているさい、シンジは、助けようという行動を最後まで見せませんでした。言い訳はできないでしょう。
そして今回、シンジが他人のいる世界を望んだ理由は、アスカにかつて批判された時と同じです。
映画版26話
アスカ「あんた誰でもいいんでしょ。」
アスカ「ホントに他人を好きになったことないのよ。」
アスカ「自分しかここにいないのよ。」
アスカ「その自分も好きだって感じたことないのよ。」
アスカ「哀れね」
しかも、今までシンジの精神を支えていた、エヴァからもすでに降りています。
シンジ「僕に価値はない。誇れるものはない。」
シンジ「エヴァに乗ることで僕は、僕でいられる。」
アスカが自分を許してくれる可能性は万に一つもないだろう・・。また自分は、死ぬことよりも怖い、捨てられるということになるんだ。
シンジは、また、ヒトに捨てられる恐怖にとりつかれ、怖くて怖くて仕方なくなります。
たしかに、シンジは他人との出会いを望んでいました。
しかし、自分を許してくれる可能性が全くないアスカと二人だけの世界というものは、想像を超えていました。ここでまた拒絶されたら、捨てられたら、今度は本当に、逃げる場所もなく自分は一人だけになってしまう・・
それなら、自分を捨てるアスカなんていなくなればいい。そして、むしろ自分もいなくなったほうがいい。
彼にとって死よりも恐ろしいのは、自分がまた他人から捨てられることなのです。
シンジは、自分を支えて欲しいヒトに、裏切られるのが怖くなった時、どんなことをしてでもその状況を脱しようと、コンプレックスに従って行動してしまいます。
24話のカヲル殺害
「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったな!父さんと同じに、裏切ったんだ!」
26話のインナースペースでアスカの首を絞める
「助けてよ。助けてよ。僕を助けてよ。一人にしないで。僕を見捨てないで。僕を殺さないで」
26話の融合時のゲンドウの首をエヴァで噛み切る
「悪いのは父さんだ。僕を捨てた父さんだ(発言は16話のもの)。」
アスカに対してまた、全く同じ行為が繰り返されます。
シンジはアスカの首を絞めます。
しかし、手には力がはいりません。ここでアスカがいなくなれば、自分は本当に一人だけになってしまうからです。
だけど、アスカが目覚めれば自分は捨てられてしまう。
このような葛藤で苦しんでいるときに、アスカは目覚めます。
アスカは、力ないシンジの手が自分にかかっているのを見ました。
そして、シンジが、捨てられるのが怖くて、耐え切れずに自分を殺そうとしているのをみて、あわれになり、かわいそうで頬をなでました。怖がらないでいい、という合図です。
そのとたん、シンジもその意味がわかり、泣き伏します。
アスカは、シンジに基本的には好意をもっているものの、かといってシンジを現在のまま肯定もできません。彼は、自分が自分でいるために、誰でもいいから他人の復活を願っただけだからです。また、自分の上で泣き崩れるシンジの姿は、哀れなものです。
それで、シンジには冷たく「気持ち悪い」と言い放ちます。
なお、アスカが、レイと同様に包帯をまいていることから、アスカが自分自身をイメージするとき、自分には足りない部分として、それまで否定していた母性を、肯定的に思い浮かべていたことがわかります。エヴァ弐号機の中で母と会ったことが、影響したと思われます。
このような彼女の変化が、シンジを許容できる精神的背景になっていたのでしょう。
<最後に>
自分が捨てられたくないからこそ、もっとも支えて欲しい相手だからこそ、殺意をも抱くシンジと、シンジが好きだからこそ、融合を徹底的に拒絶し、その結果復活したアスカ。
26話の題名が「まごころを君に」であり、シンジがアスカの首を絞めるだけであるラストシーンのタイトルが「I NEED YOU」であるのは、このような理由によるものでしょう。