1997年08月19日 18時26分 yasuaki,作者からのコメントです
ここでは自由にご意見・ご感想・ご質問を書いてください。他の人へのコメント、ホームページの間違いの指摘など、何でも結構です。エヴァの真実に近づくための場として、是非ご活用ください。




1997年08月19日 18時57分JK,おおーーー!!
,なんか、わかりやすくまとまっていたので、わかりやすかったです。細かいところは、まだの用ですが、いろいろある解読ページの中で理解しやすかったです。もっと細かなシーンなども解説を期待したいです。たとえば、加持をやったのは誰かとか・・・。これからも期待してます。がんばってください。


1997年08月20日 17時04分,8,2,Happy,,RE:おおーーー!!
 はじめまして、Happyともうします。加持さんを殺った人についても、たくさんの意見がありましたよね〜(^_^;)。σ(^^)はリツコ説を採りたいところなのですが・・・


1997年08月21日 21時34分,yasuaki,RE:おおーーー!!
加持の死は,非常に興味深い問題です。私の結論はQAで書こうと思います。出し惜しみしているのではなくて、少々引っかかっている所がいまだにあるからです。誰かがやったに違いない、と考えればいろいろと浮かぶのですが、動機との組合わせで考えると興味深い展開になります。まず、加持は、実は(というほどでもないが)ゲンドウ,冬月に次ぐ、秘密を知っている人物であります。詳しい証明は省きますが(それとも常識なのかな?),ゼーレやリツコよりも真実を知っている立場にありました。そして、加持を殺す動機をもっとも強く持っていたのは、他ならぬゼーレです。これも詳しく証明は省きますが、必要ならまた書きます。ところが、そのような演出はなされていません。今まで出てこなかった人物、もしくは,ロープウェイや京都で会った女性と考えれば別ですが。演出上、可能性としてはミサトがあります。この場合、動機は少々弱いのですが一応考えられますし、いくつかの点ですごく演出が生きます。しかし、これは、恐ろしい結論を導くことになります。もう一回ビデオで確認してからその点については書きます。次に、庵野監督発言でもあった、諜報員説があります。これは普通に考えられますが、しかし、庵野監督はサービス精神旺盛であり、自ら提示する解釈は基本的にみんなを混乱させようという人である点はおいとくとしても、指示者はゲンドウということになります。これは、リツコ以下、ネルフのどの人を持ってきても、たいてい(絶対ではないが)同じ結論になります。しかし、加持は一貫してネルフの計画を,ゼーレの裏をかいて進行させることに命をかけた男です(だからこその人柱といえばそれもありそうですが)。さて、もう一つ重要な点は,バックにはプロペラ機があった(と思う。要確認)点です。これについての検討は今はしませんが,意味は、5割の確率で明白でしょう。以上、思いつくまま論点をあげてきました。あと、適当にあげると、最後の加持のセリフ、その場のヒール(?)の音、リツコとの会話、加持の様々な行動がポイントでしょうか。QAでまとめる時は独断で書くことになりますので、ここではポイントの列挙にのみしておきます。私の書いた内容に無関係でもなんでも、みなさんのご意見を自由に書き込んでください。私が自分の意見をQAにのせたあとも、いつまでも盛り上がる価値のあるテーマだと思います。




1997年08月25日 12時26分,26,2,yasuaki,RE:おおーーー!!
すいません。自分のコメントへの修正コメントです。見直してみたら、ヒールの音はありませんでした。直前に諜報員の革靴の音がしただけで。あと、最後の場にあったのもプロペラではありましたがプロペラ機ではありませんでした。以上を確認したことにより悩みもなくなったので、加持についての意見を重要QAに追加します。是非ご意見・ご感想をお寄せください。,



1997年08月19日 19時02分,3,,JK,一人目でしたか。
,なんかわけわかんないこと書きましたが、とにかく、よかったとゆうこととがんばってくださいって事です。速いペースの更新期待してます。



1997年08月19日 21時14分,秋山,イデオーン
まだできたばっかりなんですか?昔イデオンが好きだったことがあって、エヴァのイデオンとの類似性に興味があります(エヴァがイデオンを単に真似ているとは思ってませんよ)。そのへんについて話題になってることがあれば教えてください。


1997年08月21日 20時48分,yasuaki,RE:イデオーン
イデオンとエヴァの比較というのは避けてはつまらないテーマだと思うのですが、私の知る限りこの話題は、「エヴァはイデオンのマネ」,「エヴァの映画よりはイデオンの方が良い」といったレベルでしか聞いたことはありません。確かに似たような演出もありますが、ひとつには、同じ「魔神」の系譜のアニメであるせい(私のアニメ史論文みていただけたでしょうか?たいしたものではありませんが)もあると思います。しかし、その点を除いても本格的に比較できる内容でありますので、誰も書かないなら、自分で挑戦してみようかと思っています。その時は是非感想お聞かせください。また、どこかで面白い論文等ありましたら、もしくは秋山さんが書きましたら是非教えてください。



1997年08月19日 23時49分,5,,ミキちゃん,すごくよくまとまってますね
できたてほやほやみたいですね。それでもエヴァに関わる謎が見事に説明されてるのがすごいですね。ほんとに、参考になりました。これからの追加事項がたのしみです。がんばってください!



1997年08月20日 14時58分,6,,笠村 ,すごい文字の量ですね
でも 全部読みました。感想としては、ただ ただ、膨大なその知識の量に 驚きました。 これだけ 調べるのは大変だったのでは?工事中の部分も期待しています。ところで、シンジは なぜアスカの首を絞めたんでしょ?

1997年08月21日 21時47分,17,6,yasuaki,RE:すごい文字の量ですね,
,全部読まれる方がいるとは思わなかったので、正直驚きました。うれしいです。アスカとシンジのラストについては、実は私は結構好きですが、それは象徴としてとらえたからだと思います。ただし、この点についての私の本文解説については,不十分というご意見が多く、私自身も論理ではなく、象徴としての納得だったため、もう一度論理的可能性を意識して映画を見に行こうかと考えていますので、そのあとで,より興味深い結論を見つけられたら楽しいと思っています。,



1997年08月20日 17時01分,7,Happy俺はいま猛烈に感動している(笑)
いや〜、すごいですね。これだけ解りやすくて、納得させられるエヴァの謎解きは初めてです。感動しました。で、ちょっと質問なのですが、LCLからのみんなの復活はあるのでしょうか?僕は「溶けたまんま」派なのですが・・・,


1997年08月21日 21時02分yasuaki,RE:俺はいま猛烈に感動している(笑)
これも興味深い問題ですね。映画の中で「〜戻れる」的発言がありましたが、文字通りとるべきか、太陽や月と比較するスケールの話か、人類の復興という意味か。私は個人的には,本文で書いたような理由からシンジとアスカでアダムとエヴァを象徴していると考えていますので基本的に「世界は二人だけ」だと考えています。ところが、旧約聖書では、神がアダムとエヴァを作成したという論理であるにも関わらず、ほかにも多数(?)の人々が最初から存在していたようにとれる部分もあります。一説によると、民族差別的発想から,他民族を人間とは考えていなかった,ともいいます。あと、エヴァの中に埋め込まれた様々な輪廻天性モチーフ(魂のルフランの他にもいろいろあったと思いますが)を考えると、徹底して考えれば興味深い結論がでる可能性はあります。これは,そのうち、QAでも取り上げますので、期待しててください。あと、この問題はATフィールドの問題とも別には扱えない問題だと思いますので、そのうち「ATフィールド論」も書く予定ですので、暇な時にでもみてやってください。



1997年08月20日 18時31分,9,感謝!感謝!感謝!
私は40歳になる会社員ですが、この夏のテレビ東京の再放送を録画して子供(小学生、2人)と見入りました。お陰様で親子共々はまりました。帰省した際に映画を見たのですが、さっぱり分けわからず、子供もとまどっていました。(罪な映画・・・)その後書店で本を立ち読みしたりして勉強しましたがいまいち理解できなかったのですが、貴殿のホームページを拝見し、そのわかり易さに敬服しております。これで子供たちに説明出来ておとうさんは一躍家庭の羨望の的となるでしょう。本当にありがとうございます。(ただし、女房だけはそんな私を白い目で見ています。)すべての工事が早く完了するよう祈っております。,



1997年08月21日 15時53分,10,,クールですね
いろいろと謎解明ページをまわりましたが、どれも重要な部分があいまいで、熱く語っているページばかりでした。そんな中、冷静かつ解りやすく説明してくれるこのページは、すばらしいと思いました。次のアップが楽しみです。,



1997年08月21日 17時27分,11,,みね,ほぼ、スッキリ
10ヶ所ぐらいHPを回ったのですが、解説よりも押し付け的な批判が多くがっくりしていました。yasuakiさんのページは誰に押し付けるわけでもなく自分の解釈を淡々と説明してくれるので非常に読みやすく分かり易かったです。工事中の部分が埋まるのを楽しみ待たせていただきます。,



1997年08月21日 17時36分,12,やっぱりアスカはシンジが好き
いや、すごいです。感服致しました。他の御方と同様な感想ですが、これほどわかりやすくて、しかも納得のいく解説ははじめてです。解説書で本屋に並んでも、一番取れると思いますよ。 その中で、劇場版ラストの部分の解説が、自分の感想と多少異なっていた様に思えたので、ちょろっと書いてみました。感想・解釈なんてものは、人それぞれで、どれが正解なんてものはもちろんないと思っています。自分の解釈が、貴殿の何かの足しになればと思い、書きました。 劇場版のラストを見て、私はこう解釈したんですよね。いきなり首を絞めるシーンですけど、「こんな自分が愛されるわけもない」とものすごく深く悩んでいる人間に、「いいわよ(愛してあげる)」なんていったら、やっぱり(刹那的でも)殺意が生まれると思うんですよね。「そんな簡単に言ってくれるな。お前なんかに僕のことがわかるわけもないっ」みたいな感じで。まぁ、内面世界編の続きですね。で、アスカはそれでも彼に対して愛情を見せてくれるわけです。左手を上げ、シンジの頬を撫でてあげる。そこで、シンジは気が付くと。「ああ、こんな自分でも愛してくれる人がいたんだ。しかもこんなに身近に。なんで自分はこんなにも身近にあったものに、気が付かなかったんだろう」と、泣き崩れるわけです。で、アスカはアスカであの通りの性格ですから、「気持ち悪い(わね〜。まったく男のくせにめそめそ泣いて。あんたのそーゆーところがキライだっていってんのよ)」と、言うでしょうね。好きを好きって言える性格じゃないですから。で、彼の心はアスカによって、一応補完されたと。それが、あのラストだったんじゃないかなぁと。 アスカがシンジの事が好きってのは、私自身はつい最近までとんと気が付きませんでした(鋼鉄のガールフレンド)が、知り合いの女性はテレビシリーズの頃から分かっていたと申しておりました。「シンジくんって、なんであんなに鈍感なのかしら」とのこと。 余談ですが、監督はあのアスカとシンジのラストシーンは付けたくなかったんじゃないかなぁと、自分では思ってます。他者からの愛情によって心が「補完」されるのは、ある意味当然であって、その他者からの愛情が与えられない(と思っている)ところに、シンジやゲンドウの苦しみがあると思うんですよ。そういう人たちが立ち直るには、まさしくテレビ版のラストのように「僕はここにいてもいいんだ」という、心の補完はされないが、それでも自分で立ち上がって前に進んでいくという決意?なんだと思います。それに、他者からの愛情によって立ち直るってのは、ナディアでやってますし。それ以外の可能性を模索したかったんじゃないかと。それがテレビのラストだと思うんですよね。 いろいろ書きましたが、何かの足しになりましたでしょうか。私は劇場版で納得した口です。疲れましたけど。アスカファンの自分としては、色々とショッキングな内容でした。,


1997年08月21日 22時11分,18,12,yasuaki,RE:やっぱりアスカはシンジが好き
長文ご意見ありがとうございました。実はアスカとシンジのラストでは,私の意見だけでは不十分という声があり、しかたなく3回目の映画をみにいこうかと考えていたところです。そのさいは参考にさせていただきます。私は、実はテレビのラストと映画のラストは補完し合っていると考えておりまして、映画の展開が「みんなのとけあう心から,自分が自分であるために他者関係を持つ自分に戻る」というものであるのに対し、テレビのラストは,「一人だけの世界から,自分が自分であるために他者関係を持つ自分に戻る」という流れで、実は正反対です(結局は同じですが)。さて、映画のラストでなぜ首をしめたか?ひとつの理由は、全員が融合した映画において、アスカを殺すことはシンジが世界でただ一人になることを意味します。つまりテレビ版26話に戻る訳です。つまり、全員融合,それではいけないからアスカと2人の世界、でも他者が怖いシンジはアスカの首をしめる、そのままいくと世界でただ一人の自由・恐ろしい他者(当たり前ですがアスカが怖いのではなく一般論です)がいない自由を得るが・・,ここでシンジの内面は一瞬にしてテレビ版26話を経験する。一人でいれば自由だが、本当にそれで幸せなのか、自分の視点を変えれば世界も全く変わるものなのに、そこで、自分を肯定する、その瞬間、世界は変わり、みんながおめでとうと言ってくれる(シンジの内面で),その瞬間、アスカもシンジの頬をそっとなでる・・・最後の「気持ちわるい」はK.Sさんの意見に加え、監督からの、他人とは本質的に怖く、気持ち悪いものだ、でもそれでもシンジは自分からそれを選んだんだ、そして君達も、というメッセージ。どうでしょう。説得力に欠けると思い本文ではのせなかったのですが、自分では気に入っています。その意味で(それ以外の意味でも)テレビ版26話は超名作だと思っています。しかし,あれほどけなされた話もないですね。そのうち、テレビ版26話復権論文を書きますので是非感想をおきかせください。,



1997年08月22日 12時40分,22,12,yasuaki,RE:やっぱりアスカはシンジが好き
すいません。自分のコメントへのさらに追加コメントです。映画が、いわゆる映画ではなくて25,26話であったのは、そして、ラストの前にONE MORE FINALと出ていたのは、映画の26話がテレビと別の話でもリメイクでもなく、あくまでも表裏の関係にある、補完しあう関係にあるからではないでしょうか。自分で説得力ない意見として出しておきながら、その補強に努めるのはみっともないですが。みなさまのご意見・ご感想をお願いします。,

1997年08月22日 18時47分,23,12,k.s,RE:やっぱりアスカはシンジが好き
私も同感です。やっぱりあの劇場版は別の視点から見ているだけで、内容はテレビ版と同じなんだなぁというのが、私の素直な感想でした。劇場版を見終わって、第一話でシンジ君が登場して、使徒が現れて、ゲンドウに「必要があるから呼んだまでだ」と言われて、レイが出てきて、「逃げちゃ駄目だ」とエヴァに乗った時点で、最終回がテレビのあれ「おめでとう」で終わる事は必然だったんだなぁ、と遅まきながら感じました。あえてどちらが本当のラスト(ナンセンスな物言いですが)だといえば、やっぱりテレビ版なんだろうなぁ。と、私見ですけど。庵野監督が「完成したものを作り直すなんて苦痛でしかない」とおっしゃっていたもの、分かる気がします。,



1997年08月21日 18時41分,13,,ヴィクトル・ユーゴー・ナガセ新たな謎が。。
エヴァの謎は解けたけど、一体あなたは何者ですか?,


1997年08月21日 22時16分,19,13,yasuaki,,RE:新たな謎が。。。
私に面白い設定が存在すれば迷うことなくトップページに載せたのですが。それほどのものではないため、全論文を完成させてやることもなくなったら,ごく簡単な紹介ぐらいは書こうかと思います。まあ、このホームページにおいては,ただのエヴァの真実に近づこうとしている一人、と言ってしまえば全てを語っていると思います。



1997年08月21日 22時21分,20,,yasuaki,作者からのコメント
いろいろご意見・ご感想ありがとうございます。一人一人の方に返信したほうがいいのかもしれませんが、誰に対しても感謝の気持ちは同じであるため、一括してここでお礼申し上げます。市販本には負けまいという気持ちでがんばりますので、応援よろしくお願いします。少なくとも週1回は更新しますし、一度書いた内容も数週間後にはどっかしら変わっていると思いますので時々みてください。,



1997年08月21日 22時22分,21,,HArd Cream,, 全て納得のいく解説に映画を見終わってから僕の仕事に対する集中力を半減させていたエヴァのストーリーについてのモヤモヤが晴れました。ビッグサイズのお絵かきロジックを説いたような気持ちです。ありがとうございました。,心のモヤモヤが晴れました。





1997年08月22日 22時46分,24,モリマン,イメージ膨らませてみました。
 すごいです。いや、背筋に何かが走った気分です。映画を見終った時は「人類は再生したんだ。」なんて思って満足してましたけど。これは僕の勝手な意見なんですけど、ゼーレは人間なんでしょうかねー。ヒトに生命の実を与えたって言う「神」=ゼーレだったりして...。そう考えると、補完委員会が、あれ程、アダム(神)への回帰を願ったのも納得できると思うんです。 最後のシーンでアスカが、レイの格好をしていたのは、ルシファー(シンジ)の妻、「リリス」として覚醒した事を意味すると思います。神の下にある「アダム」としてではなく、悪魔として再生した事により、ついに、神の手を離れた事を意味するラストである、と解釈しました。どうでしょう。


1997年08月25日 21時09分,28,24,yasuaki,RE:イメージ膨らませてみました。
ルシファーとリリスですか。深いですねー。確かに、神の手から離れたという点では、その解釈の方が魅力的ですね。私は単純に、最後は「エヴァ」でと考えたもので。題名でもあるし主役機でもあるので・・・これじゃ解釈になってませんね。私はユング流(?)の神解釈の影響を受けているので、私にとっては最終的に神とルシファーは結局同じことを意味するのですが、その話をすると宗教議論になってしまいますね。しかし最後に人間になった(生命の実の放棄)ということは、ルシファーと比較するとどうなのでしょうか。ウーム。もしかして彼らは生命の実を手に入れた上であの形をしているのか。ご意見ありがとうございました。よくよく考えてみます。,




1997年08月23日 03時21分,25,エヴァを見て、人間の価値について考えさせられました。
 ロボットアニメだと最初は思いましたが、 シンジの生き方を見て、自分がどう生きて行くべきか、考えさせられる内容でした。 こんな事書いて、ばかじゃないの? といわれるかも。 自分が幸せだと思うときって、   「自分が誉められたとき」   「自分が必要とされているとき」   「自分が人と積極的に交流しているとき」   「自分が何かに役立っているとき」 ・・・など、「活かしている自分を認識している瞬間」だとぼくは思います。 正直、人に相手にされなくなるというのは誰でも嫌なことで、シンジの場合も、 「だれも僕を捨てたりしない、価値がほしい!」 とテレビ版でも言っていますね。 現代社会でも、「自分がいらない人間にならないように」みんな一生懸命になって 生き残ろうとしているように感じられます。 だからなおさら、エヴァンゲリオンのような映画を見てしまうと、自分がとう生きる べきか、十分考えさせられてしまうんです。 人間って、人にできない何かを持つことに価値を見出すべきなのでしようか。 自分にとっての「価値」って何なのでしょうか。 こんなこと、普通じゃ考えませんよね。 エヴァンゲリオンは、生きた風刺絵のようにグサグサッとヒトのココロに残しますね。 ちょっと感動しました。 


1997年08月25日 21時10分,29,25,yasuaki,RE:エヴァを見て、人間の価値について考えさせられました。
全く同感です。私も随分いろいろとかんがえさせられたものです。,




1997年08月25日 13時05分,27,,k.m,有り難うございました
大変よく分かりました。これからもがんばってください。



1997年08月26日 00時39分,30,,Happy,お主、ただ者ではないな(笑)
,う〜ん、相変わらず見事な謎解きの手腕。感服いたしました。でもでも、脚本の情報とか、エヴァのストーリーの変遷についても詳しいなんて、yasuakiさんはただ者ではないようですね。じつは、エヴァの制作スタッフの一人だったりして(^_^;)・・・,


1997年08月26日 12時14分,33,30,yasuaki,RE:お主、ただ者ではないな(笑)
そうです、と言いたいところですが、残念ながら脚本部分は富士見書房の「EVANGELION ORIGINAL」を、企画部分は角川書店の「Newtype100%コレクション 新世紀エヴァンゲリオン」を参照させてもらっています。本来ならいちいち出典を明記すべきなのですが。その辺は直すつもりでおります。すいません。



1997年08月26日 02時43分,31,JK,加持の事・・・
相変わらずすばらしいです。加持のことも納得です。でも、個人的には、リツコがやったっていう方が、ドラマチックでいいですけどね。レイのダミーを破壊するときだって、ミサトに、「殺したいならそうしてちょうだい」みたいなことを、唐突に言ってたし・・・。まあ、とにかく、今後も期待してみていきます。個人的には、最後のシーンについてもっと詳しく知りたいです。なんか、最後のせりふは、宮村さんに決めさせたみたいな事を聞いたので。


1997年08月26日 09時48分,32,31,yasuaki,,RE:加持の事・・・
自分でああ書いておきながらこういうのもなんですが、私も、リツコがやった方がいいです(笑)。暗い情念がドラマティックで。でもまあ、それではリツコがあわれすぎますし。一応あっちの方が証拠多いかと思ってああ書きました。もしお時間があれば、是非リツコ説を全面的に書いてください。また、どなたでも、証拠が少なくとも多くとも気にせずにご自分の意見を展開してください。


1997年08月26日 19時43分,34,,モリマン,加持の事・・・(2),なるほど。
いやー、すごい。次の解説も待ち遠しいです。加持が何者だったのか、誰に殺されたのかは、様々な説を目にしました。犯人説は、ゼーレ、リツコ、ミサトの3つに分けられると、思います。やっぱり、証拠で判断するとゼーレ説が有力ですよね。加持は何者なのかは、僕としては「一般人説」をとります。テレビ版で、ネルフが停電になるエピソードがありましたが、ゼーレの仕業でないとすると、第三の組織が存在することになります。どうやら加持は、誰の仕業か知っている様でした。諜報員らしきおばさんとの会話も、第三者的な内容だったと思います。おそらくは、グリーンピースみたいな一般団体がいて、独自の活動を行っているのだと考えます。そうすると、ゼーレが神側、ネルフ(ゲンドウ)が悪魔(?)側とすれば、加持こそ、真の我々人間の代表と言うことになるのです。どうでしょう。(前回のコメントありがとうございました。)



1997年08月29日 18時17分,39,34,yasuaki,RE:加持の事・・・(2)
私のイメージでは、あとから思えばあの停電事件も,ゼーレが後の占拠作戦を見越して起こしたステップだったような気がするのですが。ただし、これは十分に研究しての意見ではないので、今度またビデオ見返してみようと思っています。すいません。映画も見返したいのですが、さすがに毎回料金払うのはつらいですね。早くビデオ化されることを願うだけです。,



1997年08月28日 00時04分,37,,JK,,,前回、返事ありがとうございます。
リツコ説とか言われましても、自分は、証拠とか、そういうの積み重ねて証明したりするのにがてで・・・。そのくせ、そんな風に言われないと納得がいかないんですけど・・・。ただ、直感的に、そうじゃないかと。冬月を解放するときも、簡単に外の見張りに眠ってもらうことができるほどでしたし。アダムを運ばされたり、あと、ゼーレの直属の「鈴」だったと言うことは、超一流のスパイであるとは思うので、真実に近ずきたがっている「彼」がそんな簡単に死ぬとは思えないだけです。それに、あのとき、周りは、ミサトが拘束されているのを知らないみたいだったけど、リツコは知っていたみたいだし、あのとき、ボーっとしていたし。そんな理由です。さらに、説いて欲しい謎と言いますか、不明な点は、アンチATフィールド、回想シーンでのシンジが「砂山を壊してまた作り出す」というシーンの意味、リツコの「嘘つき・・・」の真意、などです。あと、ほかのページなりを読んでいて思ったのですが、最後のシーン、ここでは、アスカは、補完されていないと言うことでしたが、最後のシーンで、二人のところに、レイが現れますよね。制服姿のレイは、「好きだ」という言葉とともに「希望」でしたよね。ということは、「気持ち悪い」とか言ってましたけど、実は、お互い、「好きだ」みたいなことが言いたかったのではないでしょうか。ということは、補完されていたのでは。なんか、書いてるうちにわけわかんなくなりましたが。どうでしょうか。それでは、これからもがんばってください。


1997年08月29日 18時58分,42,37,yasuaki,RE:前回、返事ありがとうございます。
最後のシーンについてですが、私の本文読むと、シンジ=補完完了、アスカ=補完不完全というようにとれますね。確かに。しかし、シンジのあの行動及び涙を、補完というべきか。アスカのセリフひとつとって補完不完全というべきか。アスカもセリフ以外の行動等では確かに希望を感じさせますし、シンジが補完されたというのならアスカもそうかもしれないですね。しかし、独立した個人に戻るということは、結局補完を拒否し、それでも生きていこうという態度とも考えられるわけで、そう考えると2人とも、補完完了という言い方も問題あるかもしれません。どっちにしろ、シンジ=補完、アスカ=補完失敗という言い方ではおかしいですね。むしろ、2人とも補完した、とか2人とも補完を拒否したとか言った方がいいかもしれません。どっちにせよ、今の書き方のままでは奇異な感じは否めませんので、何らかの文章変更をしようと思います。ご指摘ありがとうございました。

1997年08月30日 02時15分,45,,JK,,前回のラストの話・・・
前回、自分で言っておきながら何なんですが・・・。今日、もう一度見に行ってきまして、そりゃーもう感動だったのですが、この作品の中で言う「補完」という言い方は、違うのではないかと。この中で言う「補完」を拒否したから戻れたわけですし、補完という言い方は、適切ではないかもしれませんね。人工的な補完ではなく、どちらかというと、個々の意志で(ミサトさんの「自分の出来ることを考え、償いは自分でやりなさい」っていうのが関係してるのかな)、お互いの心の「修復」or違う意味での「補完」という感じではないでしょうか。(学がないのでいい言葉が浮かびません)また、「首を絞めたシーン」も、途中、ミサトの部屋で一度絞めているし、そのときの状況(あのとき、バックでかかっていた曲は、庵野自身が書いた「Kommsusser Tod(甘き死よ、来たれ)」←詩の内容が関係あるのでは。)と照らし合わせて考えるべきだし、「気持ち悪い」も春のやつの「気持ち悪い」と関係しているとも思えますし。シンジ自身の「償い」は、あのとき「力になりたいんだ」とか言っておきながら結局それができず、いろいろ言われたあげく、首まで絞めて。それで、アスカはおかしな事になって、「ミサトやバカシンジの入ったお風呂がいや」であんな廃墟の風呂で発見されるし。そりゃー「アスカに悪い事した」のだと思う。シンジにしてみれば、自分は「優しさもかけらもない」と思ったのでしょう。それで、最後のシーン、レイ(人は解り合えるかもしれないという「希望」)をみたシンジは、(自分のできること)←(「自分一人で」「ミサトの手を借りず)と言う意味でミサトのペンダントの十字架が、杭に打ち込んであったのかな?)、もう一度アスカの首を絞めるのではないでしょうか。それに答えてアスカは、(アスカも成長したのだろうか、それは解らないが)シンジの頬をなでる(ユイと同じように)。そして、シンジは、涙する。もちろん、自分の気持ちに答えてくれた、解ってくれた、ということで。それは、見せかけにすぎず、ずっと続くものではないにしても。そして、(これは違うかもしれないが)アスカの第一声は、シンジの望んでいた(「またいつものように僕を馬鹿にしてよ」)ように、「気持ち悪い」といった。もしくは、単に、素に戻って、やっぱり他人との関係は「気持ち悪い」って事なのか、シンジの「行動」が「気持ち悪かった」のか(そうなると、加持の、「人は他人を完全には理解できない」につながるが・・・。)、これは解りかねます。ここで、あと、引っかかるのが、アスカの「あんたが全部私のものにならないなら。私・・・何もいらない」という台詞。これが、何に絡んでくるのか・・・。また、シンジが補完されているかされていないかという判断について。シンジは、補完されかけていますが、その中で、いろいろな対話みたいなものが繰り広げられています。ここで補完されているのではないか、とも思うのですが、たぶんこの台詞:カヲル「現実は、知らないところにある。夢は現実の中に・・・。」 レイ 「そして、真実は心の中にある。」 カヲル「ヒトの心が、自分自身の形を造り出しているからね。」 レイ 「そして、新たなイメージがその人の心も形も変えていくわ。イメージが、 創造 する力を、自分の未来を、時の流れを、造り出しているわ。」 カヲル「ただヒトは、自分自身の意志で動かなければ何も変わらない。」 レイ 「だから、見失った自分は自分の力で取りもどすのよ。たとえ、自分の言葉を失 っても・・・。他人の言葉が取り込まれても・・・。」 特に、「ただヒトは自分自身の意志で・・・・・・・」以下の台詞にその、ただ人工的に心を一つにして補填しあう心の補完とは違うという、意図があるのではないでしょうか。長くなってすみません。文章書くの、苦手で・・・。ただ気持ちで書いちゃいましたが。でも、その「気持ち」こそ大事にしたいと思ってます。理屈ではなく、「気持ち」を。以上が、今日、もう一度みてみた感想です。日本語がおかしいかもしれませんが、どうでしょうか。P.S 長いのは、迷惑でしたら、メールにします。



1997年09月06日 19時05分,55,45,yasuaki,,RE:前回のラストの話・・・
,長文ありがとうございます。迷惑どころか、おそらくここを読んでいる人達も興味深く拝見していると思いますので、是非ここに書いてください。ご指摘の点の多くは確かにそのように思います。特に、エヴァにおいては一度使われたセリフが別のシーンでまた使われることが多く、意味は多重で捉える必要があるでしょう。また、背景の音楽の歌詞やセリフとも合わせて読み解くべきだとも思います。ただ、私自身のラストへの見解ということについては、もう一度映画を見直してから書こうと思います。何が気になっているかというと、アスカのシンジへの言葉の中に、少なくとも最後に限って言えば、やさしいものがあったのか、目つきなどもう一度確認したいのです。基本はアスカはシンジに好意があるのは確かですが。あと、補完についても、ご指摘の点をふまえてもう一度映画館に行きたいと思っています。ただ、お金と時間が・・・。



1997年08月26日 22時58分,35,,H.T.これからも頑張ってください。
読ませていただいて、これまでのところ「納得」という感じです。少なくとも「重要」以上になりそうな点で、私がわからないものをざっと挙げると、それぞれリンクしていると思いますが、・アダムはどこから来てどこへ行った?・リリスはどこから来てどこへ行った?・結局、第2使徒とは?あるいは・コアの作り方は?・零号機のコアは?・レイの作り方(^^;)は?・自爆した零号機に遺されたものは?といったあたりです。ここらへんについても是非すっきりした解答をお願いします。加持殺害あたりよりもさらに気になります。


1997年08月29日 18時27分,40,35,yasuaki,RE:なるほど。
ストーリー全体の流れからいって、加持殺害よりも確かにそれらの方が重要ですね。ただ、加持殺害は人気としては非常に高いテーマなので、先になってしまいました。どこまできれいに解けるかまだよく見えていない所がありますが、それらも重要QAで扱う予定です。もっとも、最重要QAもまだ完成していないのですが。がんばらなくてはいけないですね。



1997年08月27日 12時58分,36,,福田,ありがとう
はじめまして。友人からここのページのことを聴き、早速拝見させていただきました。アニメを見なくなって、10年位たつのですが、エヴァは本当にすごい作品だと思います。作品の事だけでなく、作り手のこと、それをとりまく環境のこと、俗に「オタク」と言われる人達のこと、そして、私自身と私を支えてくれている人達の事、色々考えさせてくれました。エヴァを見ている間(今もずっと)痛くて痛くて仕方ない状態でした。何故なら「私」がいっぱい居て「私」がしていることを見せつけられているように思えたからです。(本当に「止めてよ!そんなところ見せないでよ!」というテレビ版 25話の気分です。余談ですが、私はコミケでミサトのコスプレを するのですが、「こんなのでミサトとのシンクロ率が高くなって どうするんだぁ?」なんて、しょうもないことを思ったりしました。)エヴァを見ていたこの2年間、私をとりまく環境が少し変わりました。二者択一を迫られた時、私は「絵を描く」と言う道を選びました。それは私にとって大変痛くて仕方のない出来事でした。でも、きっとそれでいいのだろう、仕方のないことなのだろうと思っています。「もの」を作り続けると言うことがどういうことなのか、少し解ったような気がします。あ、ここのページの感想を少し。ここを紹介してくれた友人は「真実は見た人の数だけ在るから、これが真実だとはいえないけれど。」と言っていましたが、「素晴らしい洞察力!」と感嘆しています。私達も色々ああでもないこうでもないと自分たちで考えていましたが、すんなりと受け入れられると言うことは、他を納得させられるそれだけ裏付けがあってさらにエヴァについて色々と考えられてきたのだろうと思いました。私が今まで描いてきたエヴァの同人誌は、パロディでしたが、それ以外にもこういったエヴァを見て考えたこと、感じたことそういった物も作っていこうと思います。このページは「謎の解明」以外にも私に力をわけて貰ったように思います。本当に有り難うございます。ストーリーとしての「エヴァ」は完結しましたが私の中の「エヴァ」は終わりません。一生続いていくと思います。私が生きている限り、私の中の「エヴァ」の話は続いていると思うからです。このページを知ることが出来て本当に良かったです。Kommsusser Todを聴きながら。追記:よろしかったらうちの本も読んで頂きたいなぁなんて考えたのですが、   厚かましいでしょうか?,

1997年08月29日 18時45分,41,36,yasuaki,,RE:ありがとう
私もこれほど考えさせられたアニメはありません。作品のことも、自分のことも含めて。このアニメがなければホームページ開くこともなかったでしょうし、みなさんとの会話もできなかったでしょう。その意味でも(自分の幅を広げてくれたということ)感謝しております。私は絵は下手なので解読中心になりましたが、絵が書ければ絵中心になったかもしれません。なお、本はどういう所で入手できるのでしょうか。同人誌は本屋の専門コーナーでいっぱいおいてあるのはみたこと有りますが、買ったことがないので。ああいう所で売られているなら今度いったら買ってみますが。



1997年08月29日 00時23分,38,,T.Kはじめまして
はじめまして、一通り見させていただきました。いや〜すごいですね。ここまで詳しく書かれると、なんかとても説得力がありますね。僕も納得しながら見てしまいました。それではこれからもがんばってください。,


1997年09月06日 18時52分,52,38,yasuaki,,RE:はじめまして
,ありがとうございます。これからもがんばりますので時々みてください。



1997年08月29日 22時36分,43,,9月,,はじめまして
 今、読んでる本(フーコーの振り子)の表紙、ちょっと不思議なんです。で、そのタイトル、「完全な溶解」というんですが、夏の映画のラストと世界観が似てるんです。ぜひ、一考を。表紙だけでも見てみて。


1997年09月01日 18時22分,50,43,うち,RE:はじめまして
,その本について詳しく教えて下さい。読んでみたいです。


1997年09月06日 18時55分,53,43,yasuaki,,RE:はじめまして
実は私は呼んでません。エーコのは、他のはいくつか読んでたのですが。しかし、本屋でちょっと見てびっくりしました。表紙と、その次のセフィロトと、エヴァそっくりですね(誤解をよびそうですが)。これは是非読まなくてはならないですね。今度買ったら出版社など書きますので、うちさんもどうぞ読んでください。



1997年09月07日 10時14分,62,43,吉田,,RE:はじめまして
そうですか、、フーコー振り子ですか、、私が5年前に最初に読んだときは、予備知識がまったくなかったので(つとめて言えばナチ系の知識だけは豊富でしたが、、)理解しづらかったことを覚えています。そのご見つけた本で、工作舎から出ている”北極の神秘主義”とあわせて読むといわゆる猟奇マニアの存在や、ヨーロッパに於けるオカルトの世界観がよく理解できるとおもいます。とても面白い本で、最初の10ページを突破すれば、あとはすぐに読破できます。最近あふれている科学万能系の本と違って、比較的ニュートラルな視点で書いてある点も好感がもてます。私自身は宗教や奇蹟については否定的な立場をとっているのですが、科学万能主義にも同様のうさん臭さを感じているのです。科学に対する過剰な信奉もある種の宗教と言えますからね。では、稀少本とまではいきませんが、”どまいなー”な本ですので、心して捜索してください。出版社から直接取り寄せたほうがはやいかもしれませんが^^

1997年09月11日 23時02分,67,43,yasuaki,,RE:はじめまして
出版社名など、ありがとうございました。今度読んでみますので、そしたらまた感想書きます。いかにも面白そうな本です。



1997年08月29日 22時35分,44,,ごっち,ほんとに、ありがとう
はじめまして。私がエヴァを見始めたのはつい最近なのですが、テレビシリーズを見て謎が謎を呼ぶストーリーにすっかりはまってしまいました。心のもやもやをすっきり解消すべく THE END 〜に足を運んだのですがかえってもやもやは増えてしまったような・・・。それからは、自分なりにつじつまを合わせたりしてみたのですが、今日このホームページを見せていただいて目からうろこが落ちました。ほんとに、ありがとう。これからもがんばってください。楽しみにしています。


1997年09月06日 18時56分,54,44,yasuaki,,RE:ほんとに、ありがとう
そう言っていただけるとうれしいです。週に一回はアップしますので、是非また感想ください。





1997年08月30日 02時41分,46,,吉田,お疲れさま!よくぞここまで!
お疲れさまです。よーやりはるわ!というのが素直な感想です。私自身、フーコーの振り子以来西洋神秘主義の歴史解釈にはまっておりましたが、ここまで理路整然と論理展開されると一言もありませんね。特に、知恵の実のくだりにはなるほど!と、唸らされました。(パンフは読んでなかったので)神秘主義者特有の深読みかな?と思った点もなきにしもあらずでしたが、(名前のくだりなど)それでも、バックグラウンドにされている、知識の量と質は半端じゃないとおもいました。時間のたつのも忘れて全部読んでしまいましたが、一冊本が書ける内容じゃないですか!すごい!すごい!すごい!すごい!すごすぎる!!!!ここから急に真面目になりますが、エヴァ作品は確かに有る種の魔力を持っていたようで、わたし個人はアスカとシンクロしていました。崩壊していく彼女に、実生活の自分を投影してしまい、たまらなく辛かったことを思い出します。25/26話に反感や、失望をおぼえた人も多かったみたいですが、アスカとシンクロし続ける私には、あまり関係ありませんでした。私がその後、実生活で至った悲しい結論は、真の意味での補完などありえない、人に期待をしなければ自分が傷つくこともない、など自閉的な処世訓でした。今現在、世の中全てとはいいませんが、物事の本質が見失なわれているとおもいます。宗教はあっても、哲学が無いのです。日本は、組織や会社という宗教に毒されています。でも、それらに対して戦っても勝ち目はないのです。人と競争せず、競争の存在しない、人のやっていない事をやって、生きていかねばなければならないのです。エヴァはそのことを、私に気付かせる触媒になった様な気がします。



1997年09月06日 19時11分,56,46,yasuaki,,RE:お疲れさま!よくぞここまで!
,ありがとうございます。ここまで誉めていただければ本望です。ご指摘のとおり、ちょっと神秘主義者的傾向が出ているかとは思いますが。まあ、キャラクターの名前や生年月日で性格判断するよりは、まともだと思っています。もっとも、深読みしすぎかと自制をかけてアップしてない見解が、まだいくつもありますので、やることなくなったら出したいと思っています。その中には我ながらすごいものもあります(どういう意味でかはいいませんが)。私も魔力にとりつかれ、どこにも書いていませんが、相当精神的影響もありました。つくづくすごい作品だと思います。



1997年08月31日 18時13分,47,,旅館の若旦那,やっと読み終わったあ。
大変興味深く拝見しました。映画に対する欲求不満をぶつけようにも、他のHPでは映画絶賛者(崇拝者?)が多く、謎の解明について冷静な議論がなされているページが皆無な中、冷静な分析を試みた貴ページには敬服します。(推理小説だって、なぞ解きの無いまま、犯人がわかったら欲求不満になりますもんね)ただ、拝読しても一つどうしても分からないのが使徒に関する項目です。使徒=生命の樹の番人という解釈はほぼ成り立つと思うのですが、1.使徒がアダムと接触する事がもたらす意味が不明。カヲルの”アダムに帰らねば”発言、再三のネルフ内での”接触を避けるのが我々の任務”発言からも使徒がアダムと接触したがっていたのは明白。しかし、使徒がアダムと接触したがることが、ヒトの生命の樹への到達の妨害とどうつながるのかが???使徒は番人以前に、自分の生存を賭けた競争をしていただけではないのかという気もします。(ただし、自爆系の使徒がいたという事は、貴HPの正しさを裏付けている部分だと思います)2.カヲルの特別扱いが謎。彼がもし、ただの17番目の使徒ならば、新26話でレイと並んであれほど登場する義理も責任もないはず。特別な意味があるのかどうか???(単純なファンサービスならそれでもいいけど)まあ結局、巷での最大の謎「アダムって何だよお」につながると思うんですけどね。そういえば家系図も整理されてないようだし。(アダムとリリスの関係、アダムが初号機以外のエヴァのモト?、初号機だけがリリスの分身?でも初号機は槍なしでも補完が出来る?レイとカヲルが同じってことはどういうこと?)このあたりのぐちゃぐちゃした関係は整理していただけると大変ありがたいと思います。でぃーぷ設定マニアが注目しています。大変とは思いますが、その知識と感性をますます生かされる事を期待しております。


1997年09月06日 19時15分,57,47,yasuaki,RE:やっと読み終わったあ。
今日ようやくアダム・リリス関係をまとめたものをアップしました。まだほとんど人にみせたことのない内容なので、完全な勘違いなど、あるかもしれません。是非問題箇所のご指摘等ありましたらおしえてください。また、文意がつかみづらい場所の指摘も歓迎です。できるかぎり直します。しかし、こうしてご質問を見直してみると、まだ全部の回答にはなってませんねー。うーむ。次回改訂のさいには参考にします。すいません。



1997年09月11日 22時43分,64,47,yasuaki,,RE:やっと読み終わったあ。
更新履歴には何も書いていませんが、カヲルの謎については「アダム・エヴァの全貌の後ろの方に追加しておきました。」



1997年08月31日 21時24分,48,,ひを,,すごいですねー
 すごいですね。 おっしゃるとおり、どの解説書より詳しくて、真実に近いと思います。生命の木、知恵の実、生命の実・・・エヴァって聖書を知らないとこんなにも解らないものだったんですね。わたしが知りたいことは、 セカンドインパクトが起きたとき南極にいたのがアダムなら、リリスは何処で発見されたのでしょう?最初からあそこにいたのかな?リリスがロンギヌスの槍に刺されて下半身がなかったとき、上半身から生えていた無数の足はセカンドインパクトの時に融合された人間達だと思っていました。 カヲルはゼーレによって育てられたのでしょうか?人間の姿はゼーレの操作?カヲルは自分が滅ぼすだろう人間に育てられたと知っていたのかな? カヲルのあの台詞、「そうか、そういうことか・・・」は、自分はアダムの子と思っていたのに、実はリリスの子で、人間は自分をも利用して生命の木に迫ろうとしていると理解した、ということでいいのでしょうか? 週二回はHP、チェックしてます。 完成を楽しみにしています!! 


1997年09月06日 19時25分,58,48,yasuaki,,RE:すごいですねー
今日、ご質問の内容に大体答えていると思われる論文をアップしましたので、是非ご感想をきかせてください。もちろん、間違いの指摘、こじつけと思われる点の指摘でも歓迎ですので、お願いします。また、この点は結局不明確だという指摘でも結構ですので。週2回チェックしていただければうれしいです。でも、最近は時間がなくて週1ベースが多いです。これに専念できたら楽しいのですが、「人はエヴァのみに生きるにあらず」ってありましたよね。残念ながら。



1997年09月01日 18時19分,49,,うち,どんどん深くなっている
10日くらいまえからときどきみてたんですけど、内容が深くて説得力があるのでとても興味深く読んでいます。だんだん投稿の内容もディープになってきていますね。 私はテレビ版を1度見たことがあるだけなので全然浅いことしかわからないですし宗教や思想といった知識も何もないのですが、作品全体にすごく神秘主義的な要素が強く感じられました。それとゼーレの目指す補完計画とユングの元型や集合的無意識といった考えに似たものを感じました。yasuaki さんはユング心理学にも精通していらっしゃるようなので、もしそんなことは無意味だーというわけではなければそういう角度から、、またライプニッツの予定調和といった考えとの関連もあればぜひ論じていただければと思います。,


1997年09月06日 19時31分,59,49,yasuaki,,RE:どんどん深くなっている
実は、私はエヴァを完全に説明するにはユングしかないと思っています。「精神分析によるエヴァ」はそのための表題なのですが、いつかけることやら。筆がすすみません。ユング心理学を使うと、神話ベースの設定と、人類の起源から補完計画へと到る人類の精神史と、使徒やATフィールド、コアなどの意味と、主人公たちの内面とを、うまく行けば全部いっぺんに説明できると思うのですが。さすがにそこまではかけないと思います。日本の精神分析家や心理学者のエヴァ論評はつまらなすぎるのが残念です。つまらない以前に、評論頼む方の人選ミスかな。




1997年09月04日 15時18分,51,,モリマン,,ゲンドウ,
2回目の映画を見に行ってきました。それで、新たに感じた疑問なんですけど、ゲンドウは補完されたんですかねー。マヤや日向と違ってLCLには変わっていませんでした。(初号機に食いちぎられた後、足だけのこっていたため)不思議だなー

1997年09月06日 19時45分,60,51,yasuaki,RE:ゲンドウ
話の主題をずらしてるかもしれず恐縮ですが、エヴァにおいて「足だけ〜」というのは重要テーマですね。足がないリリスにはちっちゃい足みたいのがいっぱいあるし、映画では足はえるし、トウジは足を失いますし、キールは下半身が機械だし、ゲンドウは足だけはみ出てかまれるし。フロイト的に(作品を監督の個人的コンプレックスに還元すれば)いえば、監督の内面のコンプレックスがでているのでしょう。お父さんが事故で足を悪くしたとスキゾかパラノで言ってましたし。しかし、私は自分のホームページではフロイト的論評は一切しない覚悟なので(エディプスコンプレックスを持ち出す日本の評論家には評論家の資格がないといったら言い過ぎでしょうか?)リリスの足については神の怒りをかった蛇からきてると本文では書きました。しかし映画パンフにあった、「きれいにではなく引き裂くように(違いますね。よくおぼえていない)。」というセリフはどこで使われたんでしたっけ?ゼーレかゲンドウが切らせるようなシーンとかってありましたっけ。もし覚えてらしたら教えてください。私は映画をもう一度行きたいのですが、お金がないので。



1997年09月07日 02時45分,61,,JK,,また、こちらの解説希望ばかり・・・(^^;
今回のup分も、すばらしいです。その意見に今回も、納得させられます。しかし、理解しづらいというか、ん?って思うのは、(文章をちゃんと理解してないだけだったりして(^^; )ベークライトアダムが、弐号機以降の、コピーもとならば、何のために日本へ持ってきたのか。そして、これが「人類補完計画の要」何ですよねー。うーーん(苦悩)。そのあと、冬月が「アダム計画」って言っているからさらに、何かしようとしていたのは、分かるのですが、(ん?何か勘違いしてるかな?)。ゲンドウ「アダムは、すでに私とともにある。」 とも言ってるし、どうなっているのでしょうか。もう少し詳しくお願いしたいです。(その話に関してですが、零、初号機と、弐号機が違うって言うのに関係するかどうか分からないですけど、19話?で、腕を切られたときにでた血が、蒼かったですよね。映画のってどうでしたっけ。もう一回行かなければ・・・)零号機のことですが、何故、あれほど完成するまで、時間がかかってるのでしょうか。一度、改修して色が変わったあとも、なんかテストやってたでしょ。プロトタイプだから何ですかね。話の流れで、どうも初号機の方が、早く完成してるような気もするし。どうなんでしょうか。使徒の行動パターンについては、また後ほど記述されるそうですが、カヲルは、ゼーレが送り込んだ=ゼーレがカヲルを管理していた事になりますよね。また、ゼーレが、補完計画の時に、「初号機パイロットの荒れた自我を持って・・・」といっているように、自我を崩壊させるために、あるいは、カヲルとの接触により崩壊するであろうと見越してカヲルを送り出したと言うことになりませんか?。そうなると、その前、までの使徒は、どうなるのでしょうか。アスカの時と、レイの自爆の時は、明らかに二人をねらっていますし。どうなんでしょうか。でも、使徒を管理しているようなな節もないように思われます。初号機も、ロンギヌスの槍がないから使うことになったみたいだし、ということは、元々、零号機、初号機、弐号機とも、いらなかった、あるいは、じゃまだったのでしょうか。キール「忌むべき存在のエヴァ、またも我らの妨げとなるか・・・やはり、毒は同じ毒を以て征すべきだな。」とも言ってますから、じゃまだったことは確実でしょうが・・・。あの三体もレイのダミーも、あの、ウナギヤローのための実験台だったのか・・・。あーーー、わけわかんなくなってきた。また、詳しい解説、期待してます。(^^;;レイの話がでたんでついでに。レイって死んでも別にどうって事ない(ちょっと言い過ぎか・・・)のに、何で、あんなに碇のおっさんは、心配するのか。N2爆弾を抱えてつっこんでいったときは、「レイ!」とか言って心配してる節はあったんだけど、自爆の時はそうでもなかったしどういう事なのか。うーーん、謎。また、映画で、初号機が槍に刺されて、樹みたいのになったとき、たくさん目が生えますよね。あれってどんな意味なんでしょうか。シンジが復活するときも、リリスの、額の目からでしたし。弐号機のぼろぼろなっている姿の、目がとろーんってなっているのをみて絶叫しだしたし、そのあと、でっかいレイの顔を見たときも、目を見たとき絶叫してるし、絶叫と言えば、シンジが初めて乗ったあと、、初号機に目が生えるのをみて絶叫してるし。ゼーレのマークも目が七つ。エヴァも、順に、一つ、二つ、四つって増えてるし。レイの大事にしてるものも、おっさんの眼鏡。最後は、それを割って、部屋を出ていきます。目って宗教的に何か関係があるのでしょうか。僕は、そういうの詳しくないので、解説を願いたいです。最後に、また、ラストの話ですけど、「気持ち悪い」って、以前、言ったときは、シンジに借りがあるから「気持ち悪い」って言ってました。今回もそうなんでしょうか。アスカのことについてもう一つ。「ママー・・」って言って、復活したときのバックの曲は「偽りの、再生」(←パンフにも)。では、やっぱり、yasuakiさんの言うとうり補完されてないのか・・・。でも、そのあと、食われたり、串刺しにされたりしていることから、罰をちゃんと受けたと言うこととなり、復活=再生=新生したのでしょうか。早い更新を期待してます。



1997年09月10日 10時31分,63,,JK,,もう一回観たんで、自分なりに整理をしてみました。
今回は、細かいことは抜きにして、劇場版の話をしたいと思います。もう誰もが、理解し、分かっていることとは思いますが、とりあえず、今回のことを整理して考えてみました。じゃあ、書くなって言われそうですが。なんか最近書き込みが少ないので。(^^;;となると、やはりラストという事となると思いますが、どうでしたか?yasuakiさん。アスカの目に、優しさはありましたか?僕の観る限り少なくとも、憎悪とか嫌悪感などはなかったと思います。あの表情で、普通に目線を下げたらあんな風になるのではないかと思います。それをどう受け止めるかが問題となっていくと思いますが・・・。まず、あの話の流れに賛否両論はありますが、よかった(=ハッピーエンド?)のではないかと思います。よくないと感じるのは、一番印象に残るであろうラストの台詞がああいう言い方で終わっているからでありますが、あれを、イヤな風に受け取るのではなく、少し前向きに受け取ってみたいと思います。ラストのアイキャッチ以降のシーンですが、あそこのシーンで、気になるものは、ミサトのペンダント、制服姿のレイ、シンジが首を絞めるところ、アスカがシンジの頬をさするところ、それを観て泣き出すシンジ、さらにそれをちらっと観るアスカ、そして「気持ち悪い」。まず、ミサトのペンダントですが、これは明らかにミサトの最後に言ったことを印象づけるためのものだと思います。エレベーターのシーン。あのやりとりが関係してきます。「ごまかさずに、自分の出来ることを考え、償いは自分でやりなさい」とか、「いい、シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリを付けなさい。エヴァに乗っていた自分に、何のためにここにきたのか、何のためにここにいるのか、今の自分の答えを見つけなさい。」などです。 ここで、シンジはミサトの言葉に対してわずかにうなずいてます。ケリを付けようと思ったはずです。そのあと、外では、アスカが大暴れしているのに助けに行かないのは単に初号機がベークライトで固めてありどうしようもないからであって、決して、ミサトとの会話の前の「死にたい・・・」とかいってた頃に戻ったわけではないと思います。それで、杭に打ち付けてあったペンダントは「自分の出来ることを考え、償いは自分でやりなさい」ってのを意味するための演出と思われ、これからその「償い」をすると言うことを意味していると思います。自分一人で。「見失った自分は、自分の力で取りもどす」ために。「ケリを付けたら、必ず戻ってくるのよ。」「約束よ」って言ってペンダントを手渡した点からもそう考えられます。杭に打ち付けるまで、シンジはずっと手に持ってましたし。次に、制服姿のレイですが、これはご承知の通り レイ:「希望なのよ。ヒトは互いに判りあえるかも知れない・・・ということの。」 カヲル:「好きだ、という言葉とともにね。」ということでしたね。いろいろなところで、このレイが出てきますが、ここでも当然そういうことで登場しているはずです。が、(以下は、深読みかもしれませんが)今回は、第壱話で出てきたときと違い、シンジは目をそらしていないのに次の瞬間にいなくなっていると言うことです。前の時は、鳥に気を取られているうちにいなくなってしまいました。ここが、問題なんですが、あのときは、父さんと解り合えるかもしれないと言う希望を持ってネルフに来た。今、補完計画発動後、レイとカヲルとのやりとりの中で、自分の心の補完?みたいなものをやっていきます。そこで、そのことに関して、一つの自分なりの結論、「だけど、それは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ。・・・僕を見捨てるんだ。」「でも、僕はもう一度遭いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから。」を見いだします。この前の時は、ちょっと目をそらした程度でその「希望」は消えてしまいます。その程度のものだったんです、ちょっと目をそらす間に消えてしまうほどの。だから今度は、目をそらさずに凝視するんです。それでも、その「希望」は、消えてしまうのです。シンジはあのとき決断を迫られていたはずです。現実世界にもどってきたはいいが、ほかに誰もいなく、初めて会う他人「アスカ」に対しどうすべきか。そして消えてしまった「希望」を観て、ふと起きあがり決断します。償いをするために。以前までの二人は、その「希望」をどこかで持ち続け、一方は、「一人にしないで!」「僕を見捨てないで!僕を殺さないで!」 とかいって、他人と同じなんだ、揺らぎのない世界なんだ、と思い、一方は、「私を観て」というばかり。(これは、アスカが、「あんたが全部私のものにならないなら。私・・・何もいらない。」 と、シンジに訴えるところでもわかります。この、「何もいらない。」というのも意味を持ちまが、また後ほど)お互いが、その希望を頼りに、お互いを分かろうとする前に求めるだけでした。それで・・・、その希望が消えてしまうのを観て決断するのです。(よい言葉が浮かばないので、今までの文からお察しください。)次に、シンジが首を絞めるところ。これは、前の続きですが、さっきも言った通り、アスカに対する「償い」です。先ほどの結論に至ったシンジは、何故その行為に及ぶのか。話はさかのぼりますが、これには、デスリバの「いい加減なこと、言わないでよ!!バカシンジのくせにっ!!」「・・・ウソ」以下のシーン、今回のミサトの家での口論のシーン、(これは、推測ですが、アスカ:「ちゃぁーーもぉーーー。アンタ見てると・・・いらいらすんのよぉ。」 シンジ:「自分みたいで?」のシーンで二人が、やっているようにもとれるシーン)が関係してきます。これらのシーンは、イメージシーンだという声もあるかと思いますが、ほとんどが、事実であったと言うことで話を進めていきます。弐拾参話と弐拾四話の間、弐拾参.五話とでも言いましょうか、その間にこれらの出来事があったんだと思われます。レイの真実を知ったシンジはミサトもみんな怖くなりアスカに助けを求める。アスカは自分には価値がないとなげやりになっている。その行為に及んだか及んでないかはちょっと分からないのですが、とりあえず及んだと言うことにします。言い出したのは、アスカだと思いますが(キスの時みたいに)、とりあえず二人とも互いに求められているという感じが欲しくて、イージーに自分にも価値があるんだって思いたくてそうしたのだと思います。でもそこで、アスカ:「ちゃぁーーもぉーーー。アンタ見てると・・・いらいらすんのよぉ。」シンジ:「自分みたいで?」ということになり、(以下、僕の想像ではありますが) 途中で中断、せっかく解り合えそうな、自分にも価値がありそうだと思えていたときに、そういってしまったことで、去っていこうとするアスカを観て、「一人にしないで!」「僕を見捨てないで!僕を殺さないで!」と思うシンジは、僕を観ていて欲しく、今、アスカの唯一心の支えでもある加持の死を告げるのです。そして、「いい加減なこと・・・・・」以下のシーン。そのあと風呂から戻って、ミサトの家で落ち込んでいるアスカを励まそうとして、口論になるシーン。ここで、もう一つの首締めがありますが、これは、最後の、頼みの綱であったアスカにも完全に拒絶されたシンジが単に逆上し、首を絞める。でもここでは、アスカは「あんたなんかに殺されるのは、まっぴらよ!!」みたいなことを言って逃れたと思われます。(いくら、男の力が強いと言っても、エヴァの戦闘能力を観る限り、アスカは、武術にも長けているだろうし、そう簡単にやられるとは言えないです)それで、アスカは、家をでていきます。シンジは、それをみて、呼び止めることもできません。「アスカに酷い事したんだ・・・」って言うのはこの一連のことを指していると思われます。そのあと、「僕を裏切ったな」という感情のまま、カヲルも殺す。そして、シンジ:「僕は・・・だめだ。だめなんですよ。人を傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗るなんて、そんな資格ないんだ。」シンジ:「僕は、エヴァに乗るしかないと思ってた。でもそんなのごまかしだ。なにも分かってない僕にはエヴァに乗る価値もない。僕には人の為に出来ることなんてなにもないんだ!」シンジ:「アスカに酷いことしたんだ。カヲル君も殺してしまったんだ。優しさなんかかけらもない、ずるくて臆病なだけだ。僕には人を傷つけることしかできないんだ。だったらなにもしない方がいい!!」という言葉を吐く。それに対しミサトが最後の救いの手をさしのべる。それに対し「償い」を決意し、その後、レイ(希望)が消えていくのを観て心を決めて、自分のできるアスカへの「償い」= 首を絞めるのです。つまり、(このシーンのシンジの力の入れようと、アスカの見せる一瞬の苦しそうな顔から観て)殺そうとしたのです。では、何故殺そうとすることが、償いなのか。それは、今のシンジにできる唯一のことだからです。今やもう、彼女の心の支えであったエヴァもない、加持もいない世界で、さらに、優しさもかけらもない、彼女を傷つけることしかできない自分と生きていかなければならないアスカに対し、今のシンジができること・・・・彼女を、無に返す、何の揺らぎもない世界へ・・・。そう、殺してあげることです。それが、彼女をここまで追いつめた自分ができる、今、唯一の「償い」だったのです。次に、アスカがシンジの頬をさするところです。これは、シンジの「償い」に対するアスカの答えです。ここでアスカも選択を迫られます。抵抗をしないのもそのためです。このまま、この現実から逃げ出して、このままシンジに殺されるか。それとも、エヴァ(ママ)もいない、今までの心の支えのない世界でこのバカシンジと生きてゆくか。そして、アスカは、生きていくことを決意し、シンジを許してやることにします。その答えの表現がその行為につながったと考えられます。次に、それを観て泣き出すシンジですが、これは観ての通り、うれしかったのです。こんな自分を許してくれた事に。(深読みかもしれないが)また、その行為が一度は「ありがとう」と決別した母親の行為に似ていた事が安心につながっているのかもしれませんね。ちなみにあのとき、アスカに包帯等が巻かれたりしてましたが、あれって、弐号機が、まだ動いてるうちにやられた箇所と一致してますよね。左目は、ロンギヌスの槍にやられて、アスカが目を押さえてましたし、右腕は、「殺してやる」って言って手を伸ばしてまっぷたつにされた腕だし。その風貌も、レイと似ていますしね。深読みですかね。次にアスカがちらっとシンジを観るところ。これは、さっきも述べた通り、普通に、観ただけだろう思います。そして続いて、画面が引きになってからの、アスカの「気持ち悪い」。これを言うから、混乱しちゃうんですけど、これはそのあとのアスカの率直な意見ととらえればよいと思います。他人としての。シンジに対するアスカの明確な意志表示だといえます。ちまたでは、ホントは違う台詞だったとか、宮村さんに言わせたとか言ってますが、それがホントだとしてもそれも正解だと考えます。なぜならば、あの場面では、アスカの他人に対する明確な答えが欲しかったからだと思われるからです。だから、今までアスカ役をやっていた宮村さんに言わせれば、それが一番現実的でリアルでアスカらしい発言だと考えたからだと思います。監督がシンジ君になりきって書いたのであれば、その台詞も、自分で決めた事になると、それは、現実味にかける違う言い方になってしまうからです。この場面で、シンジに対する優しい言葉をかけようならば、またシンジは、悩んでしまうことにもなるだろうし、シンジは見せかけだろうと考えるだろうし、あれがよかったのだと思います。見せかけではない、素直な気持ちでお互いを見つめ直しているのです。素直な気持ちで(「I need you.」・・・・このシーンの前にこのアイキャッチを入れたのも分かるような気がします。素直な気持ちというのは、リツコ打った言葉が、[I need you.」だったように、碇も母さんも自分もみんな「嘘つき・・・」と思って死んでいったリツコの思いが、マヤの「素直な気持ちが欲しい」という気持ちの現れになってでたのだと考えられ・・・こういう細かいことについては、またの機会に・・・。)。それこそが、今回の重要なことで、何時間もかけて取り直したと聞きますから、そうだろうなと思います。なぜならば、今までのすべてが、このワンシーンのための伏線になっていると考えられるからです。「エヴァンゲリオン」が、対人関係の心の葛藤、少年の成長をテーマにしているのならば、手を抜くことが許されないシーンだったに違いありません。故に、このラストシーンはすばらしいものとなっていると思います。決して、嫌悪感を与えるものにはなっていないはずです。いわゆるハッピーエンドとなっているのでは。少し難解で、現在の派手でわかりやすい作品になれている我々には、パッとみは非常に心苦しいものではありますが・・・・。でも、見た人は、必ずや「エヴァンゲリオン」=「福音」=「喜ばしいおとずれ」を感じたのではないかと思います。これは、一見解であって必ずしも真実というわけではないですが、状況整理によって考えたものです。前にも書きましたが、一人一人が、観て、感じたことが大切だと思うからです。真実は人の数だけ存在し、その人の心が真実をかたち作っていきますからね。・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと長くなりすぎたか。がんばって更新してくださいね。とりあえず、細かいところの謎はおいおい質問なり意見なりしていきます。それでは。


1997年09月11日 22時52分,65,61,yasuaki,,RE:また、こちらの解説希望ばかり・・・(^^;
,カヲルの話題については、「アダム・エヴァの全貌」の中に追加しました。アダムの話はまだ書いていません。もう少し遅れそうです。目の話は「象徴辞典」に書く予定です。別にだしおしみしているわけではないのですが、ちょっと今は未整理なので。簡単に言っても光・意志・知恵・洞察・そして子宮など、いろいろありますし、エヴァの場合はシーンごとによく考える必要がありますから。あと、「アダム・エヴァの全貌」では簡単にすませているコアの話題ももっといっぱい書けると思います。

1997年09月11日 23時01分,66,63,yasuaki,,RE:もう一回観たんで、自分なりに整理をしてみました。
,長文ありがとうございます。最近は書き込みもなくなってきたのでうれしいです。どうも、「アダム・エヴァの全貌」を書いた途端にJKさん以外誰も書き込みをしてくれなくなったようです。あれはそれほどまずい内容だったのかなー?まずければまずいで指摘してもらえればうれしいのですが。正直いって、しばらく前までエヴァはかなり矛盾も持っていると思ってましたが、今は、間違いなく最終的にはきれいにつながると思ってます。私の文に間違いがあっても、指摘してもらえれば、それをきっかけにして、逆に一気にその部分の正しい理解ができる。という感じです。まあ、時間はかかることもありますが。それで本題の劇場版の話ですが、実はまだあれ以来見に行ってないので、新にもう一度ラストの話をする勇気はありません。近いうちに行って来ますので。しかし、多くの指摘をありがとうございました。今度見に行くときの注意事項とさせていただきます。


1997年09月12日 14時32分,68,,匿名希望,,JKさんにご忠告
初めまして。JKさんのご考察、非常に興味深く拝見しました。感銘を受けました、・・・と言いたいところですが他のページ(複数)からパクっといてよく自分で整理して考えたなんて言えますね。多少枝葉を付ければそれで良いと思っているんでしょうか。他にも気付いている人、多いと思いますよ。すぐばれますから。こういうことをすると、この掲示板自体の信用に関わるとは思いませんか?ちなみに私はもうこの掲示板には来ないつもりです。大変イカンです。

1997年09月12日 23時05分,69,63,Happy,,RE:もう一回観たんで、自分なりに整理をしてみました。
いやあ、もう僕の考えの及ばないところへ行ってしまっているので・・・ もう完全に傍観者してます(^_^;)。yasuakiさん、応援してますので頑張って下さいねえ(^^)/



1997年09月13日 01時49分,70,,僕は好きですよ,,質問
どうも 初めて投稿します。突然ですが、質問があります。TV版のオープニングテーマの最後に出てくるあの訳のわからない絵文字?にはどんないみがあるんでしょうか?いや、唯のくだらない質問です。でも、ちょっと気になったもんで。これからもガンバッテください。期待しています。



1997年09月13日 16時59分,71,,どうなってんでい!!
まーくん,,はじめまして、まーくんです。 皆さんとてもなぞ解きに一生懸命で感心させられてしまう今日このごろです。今、僕が疑問なのはエヴァの内容じゃなくて、エヴァにはまっている人々の階層です。そしてその階層ごとの意見や疑問などを設けるコーナーがあってもいいなー、と思います。みなさんいかがなもんでしょうか。それと、エヴァって海外でも話題になっていたり、放映したりする予定はないのか知らん?



1997年09月14日 02時45分,72,,ヒロキ,チョット下ネタ...(^^;)
”彼女”とか、”リリスの分身”とか女性形で語られる初号機ですが、私は映画の補完シーンを見たとき初号機は雄的な存在では無いんかな?とか思いました。 まぁ零、弐号機ともにパイロットが女の子なのもそうですが初号機にだけある角が男性器の隠喩ではないかなと... あ゛っ〜何かすんごい下ネタ、スミマセン(でも、一回言って見たかった...) しかし、使徒が完全単体生物ならそもそもアダムもリリスにも性別は必要ないハズなんですけどね???天使にも性別は無いハズだし... イヤ、(聖書では)アダムからエヴァが造られた存在ならアダムには自らの身体から生命を生じさせる力があるハズ。もともと生みの力を内在させた神の似姿であるアダムが話し相手を欲したが故に神がエヴァを創った事がそもそものATフィールドの起源では無いですかね。そーかコイツが悪かったのか。 後、HPの方ですけどサタンとプロメテウスの件がP.K.ディックの”ティモシー・アーチャーの転生”みたいでそう考えるとサタンも格好エエですね ディックからの連想する事といえば弐号機以降の血が青いこと。 血が青い→魚介類に近似?魚=キリスト教では聖なる物の象徴。また天国の門を守る巨大魚とかいたよーな?(バハムートだっけ???) ゆー事で(人間を含めた)使徒からヘヴンズゲートを守る者ゆーのはどうでしょうかね? 書きながら適当に思いついただけですなんで脈絡無いですケド以上(^^;) ではでは...


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