初期の宮崎アニメの少女達は、とても母性的であった。
「パンダコパンダ」のミミちゃんなど典型であるが、「未来少年コナン」におけるラナ、「ラピュタ」におけるシータなど、いずれも母性的である。
とくに典型的なシーンが、少女が、大人たちを相手にしても、母親同然に振舞うシーンである。
・パンダコパンダのミミちゃん
・ラピュタにおいて、海賊達に食事を用意するシータ
などは典型であるが、同様に、少女が母親然として振舞う姿は、強大なロボットや生物に命令するシーンにもみられる。
・ラピュタにおいて、ロボットに命令するシータ
・「さらば愛しきルパンよ」において、ラムダに命令する小山田マキ
・ナウシカ(漫画版)において、巨神兵に対して母であると宣言するナウシカ
このような母親的な少女はどこから来たのだろうか?
この点については、宮崎駿監督の弟の宮崎至朗氏の発言が参考になる。
「兄が幼いころのことですが、母が7〜8年入院してたことあるんですよ。
寂しい思いをしたんでしょうね。
「ナウシカ」のバストが大きいのは「母性へのあこがれ」でしょうね。
悪くいえばマザ・コンとか・・・」
つまり、ナウシカ同様、シータにおいても、あの母親的な少女像は、まさに母親を表現しているのである
強く母性に憧れを持つ(もしくは、少年時代に強く母親に憧れた)宮崎駿監督ならではの、ヒロイン像と言えようか。
さて、ここでもう一つ思い出さなくてはいけないのは、母親像の投影は、少女だけに限られてはいないということである。
大人の女性も同様で、典型的なのは「となりのトトロ」の少女達の母親は、宮崎監督の母そのものだし、他の多くの作品でも、体に問題がある気丈な女性というのを、宮崎監督は描き続ける。
・ナウシカ(アニメ版)における、オームの毒を体に受けたクシャナ
・もののけ姫におけるエボシ
そして、ほとんど説明せずに、ただ、クシャナはかわいそうな人なんです、エボシはかわいそうな人なんです、と繰り返す。
宮崎アニメにおける、不幸な影を持つ女性像というのは、やはり母親のイメージである。(以下、至朗氏による)
「その母親がわれら男5人に与えた最大の影響は、皮肉にも彼女が昭和22年から足かけ9年も病床にあったということだった。」
「この9年間は、兄・駿にとっては6歳から15歳にまで相当し、私にとっては二歳から10歳にあたる。」
母親の年齢でいうと、およそ30代なかばから40代なかばまでである。
入院と自宅療養の間、「体はギブスで固定され、春も夏も秋も冬も、首と手しか動かせないというつらい9年間である」。
最後に、元気な老婆達がいる。(ドーラ、湯婆、荒地の魔女など)
ラピュタの女海賊ドーラについて、やはり至朗氏はこう語る。
「母親は昭和58年7月27日に71歳で他界した。「ラピュタ」に登場する女海賊ドーラを連想してくれるといい。病気がちだったので
、あの肉体的活発さはなかったし、もう少し美人だったと信じたいが、精神的迫力はまさにドーラに通ずるものがあった。」
また、宮崎駿監督も、病床の母親を看護する中で老婆の顔の特徴をつかみ、それを作品に反映したと語っている。
気丈な老婆達もまた、宮崎監督にとっては母の表現なのである。
つまり、宮崎作品において、母を3つの表現をされている。
1.母親のような少女として
2.体に問題がある気丈な美しい女性として
3.元気な老婆として
後に、これらの特徴を凝縮したような存在として、ハウルの動く城におけるソフィーが登場する。